『おちんちんの本』 その9

⑨病院はファーストフードじゃない

方針イメージ

 

 一般病院での対応の不適切さを書くと、

「やっぱり包茎は専門のところでやったほうがいいのか」

 という結論を出してしまいがちだが、この専門クリニックにも多くの問題がある。

 今年(1991年)、週刊文春では『告発キャンペーン「美容整形」戦慄の内幕』という連載を行ったが、その五回目に包茎手術が取り上げられた。

 そこに書かれている内容は、男性週刊誌などでの医療法すれすれの広告で包茎患者を呼び寄せ、いいかげんな手術を続ける美容整形や形成外科の実態である。私がこの本を書くきっかけとなったのも、この『キャンペーン』と同じ思いからだが、オチンチン専門家として、たんに告発するだけではなく、正しい知識をもってもらいたいと考えている。

 さて、現在の包茎クリニックの現状だが、設備費が比較的に安価で簡単に開業ができ、そのうえレベルはともかくノウハウが得やすく、自費診療により収益もあげられるとあって、またたくまに星の数ほどのクリニックが誕生している。

 これらを大きく分類すると、


1、全国フランチャイズの病院

2、個人医師経営の病院

3、異業種経営の病院

4、広告を出さない地域に根ざした病院

 と四つに分けられる。このなかでとくに問題となりやすいのは1番と3番である。


 1番の場合、全国の主要都市に同レベルのクリニックを開業し、全国的な媒体に大量の広告を出して包茎患者の獲得に努めている。このクリニックが抱える問題は、私たち医師の目から見れば明白である。

 まず多くの医師スタッフの技術レベルを、高い水準で保つのは不可能だということである。医師の専門科目は自由であり、資格上、どの部分であれ手術を行うことができる。切って縫うことさえできれば、専門的に学んでいなくても泌尿器科や形成外科を名乗ることができるわけである。

 したがって内科や婦人科の医師までもが、収入さえよければこのフランチャイズに参加してしまう。そして莫大な広告費を捻出するために、これら未経験の医師たちに次から次へと手術をさせる。これが実態である。

 しかし、病院はマクドナルドのハンバーガーのように、均一の医療技術を提供できるわけがない。医師はマニュアルどおりに「いらっしやいませ」といって注文を開いていれば、それでいいわけじゃない。

 オチンチンは一人ひとりみんな違うし、その心のあり方も違う。だから医師の技術はもちろん、倫理観まで問われるわけである。包茎といえどもその例外ではない。

 ふつう医師は一人前になるのに10年かかるといわれている。包茎手術をする医師にしても、私なりにその条件を考えると、まず200例以上の全身麻酔の経験をもっていること。そして最低でも四年、できれば六年以上、指導者の下で外科的訓練を受け、さらにそのうえで包茎手術の専門的教育を受けていること、となる。

 この条件を考えれば、高いレベルで医師の水準を保つことがどんなに難しいかわかってもらえるだろう。

 3番の場合はどうか。これは最近、包茎クリニックが儲かるという理由で、医師以外の資本家が経営していて問題になっているケースである。

 開業費用を医師以外の個人や企業が出し、医師は名義上の開設者と管理者を務める。医療上の責任は医師が負うことになるので、企業はそのリスク回避ができるというメリットを持つ。また、経営は出資者である個人や企業がやるわけだから、これなら医師は経営負担がかからず医療に専念できるというメリットがあり、一見合理的に見えるが、現実はそうはいかない。

 医療上の責任を回避した企業は、当然のように売り上げをあげて経営上の利益を増やすように医師に要求するからである。やとわれた医師があくまでも医師としての立場を貫こうとするなら救われるが、給与形態が歩合だったりすれば、簡単に企業の要求に屈してしまう。そのうえ、その医師にこの業界でやっていこうという気持ちがなく、たんに一時の金のため、と割り切られてしまったら、もう歯止めはどこにもなくなってしまう。

 患者の症状や立場も考えない無差別的な手術が横行し、経営効率の悪い手術後のアフターケアはまったく行わない。医療がお金に結びついた最悪の循環がここに生まれてくる。そしてあげくの果てに脱税である。

 医療法で他業種の参入を規制しているのは、こうした心ない医療や社会的意義を無視した「医は算術」の横行を防ぐためである。残念なことだが、その医療法の精神がこの業界では、まったく生かされていないといっていい。

 2番と4番についてはとくにここでは触れないが、1番3番と比べれば良心的なところが多いだろう。とくに地域に根ざした病院は、それだけの責任を負い、しつかりした考え方をもっているので、技術的にも高いレベルを保っているはずだ。